つのコラム
おやつ
子どもたちが大きくなるとおやつに悩む。小さい頃みたいにあめ玉やゼリーではごまかせない。中1、小2、年長の3人はおやつにうるさい。
何のおやつを買ってきたのか、皆で分けるのか、おかわりはないのか、そもそもそのおやつは嫌いである、でもばあちゃんの手作りおやつは大好き。
いちいち対応していると晩御飯の準備に取りかかれないのでこちらも雑な対応になる。「もぉー!いらんなら食べんでいいが」「すぐ晩御飯にするかい、我慢しちょきない」「バナナ食べちょけ」なんて、ちょっと(?)強めに言うと大人しくなり、一袋のポテチを3人で分け出したりする。
一番大きい子が3つに分ける。ただし、選べるのは小さい順で長子は残ったものが自分のおやつになる。弟たちもどれが一番多いかと真剣に厳選している様子。このルールは私が子供の頃実家でしていた事だ。長子の私は弟と妹の世話をしており、おやつ分けも私の仕事。慎重におやつを分ける娘をみて、「分かるよ、その気持ち」と私も見守る。
おやつばかりではない、母よ、こうやって皆を公平に育ててくれてありがとう。私が子どもの頃は給食も病院も無償化ではなかった。大変だっただろうな、と思う。よく育ててくれましたがね。
そして都農の皆様、子育てしやすい環境にしていただいて本当にありがとうございます。時につまずき、迷う事もありますがそれ以上に楽しく子育てさせていただいています。

小辻󠄀 史(こつじ あや)
高鍋生まれ。夫と知り合い都農人となる。そして更に縁あってこのコラムを書くことに。趣味は宝塚歌劇団鑑賞と少しばかりの読書。結婚前は海外旅行によく行っていた。現在町内のデイサービスにて勤務中。
はじめまして。4月から町立病院に勤務しております吉村です。専門は総合診療医(家庭医)です。
ナニソレ?と思われるかもしれませんが、2018年から正式に我が国で認められた制度で19番目の専門医です。性別や年齢、症状に関わらず幅広い健康問題に対応する医師です。諸外国ではかかりつけ医として機能しており、最初に相談する医師になります。その上で必要があれば臓器別の専門医に責任を持って紹介します。「どこで診てもらったらいいのか分からない」という悩みが減るかもしれません。
町立病院では、ご自宅や施設への「往診」も行っております。通院が困難な方や、最期はご自宅や施設で過ごしたいという希望にもできるだけ対応できるようにしております。
4年前に総合診療科ができて以降、都農町ではご自宅で最期の時間を過ごされた方が増えているのをご存じでしょうか。元気なうちからこうしたことを是非皆さんとお話できるといいなと考えております。
もう一つ力を入れているのは若い医師の養成です。宮崎県は九州で唯一の「医師少数県」です。医師養成・医師確保が急務です。都農町寄附講座のおかげでこの仕事も担当させていただいております。今後の医療を担う若手医師や医学生にとっては、病院内での診療はもちろんのこと、病院の外に出て地域を知ること、住民の皆さんと会話をすることも貴重な経験となります。
そんな機会を今まで以上に増やしていきたいと思っていますので、関係者の皆様、住民の皆様のご理解とご協力をよろしくお願いいたします。

吉村 学(よしむら まなぶ)
鹿児島県出身。実家は農家。宮崎医大卒。58歳。専門は総合診療、地域医療、医学教育。妻(都城出身)とトイプードル(7才)と暮らす。趣味は映画(ミニシアター系)、スポーツ観戦。
「学びほぐす」
学ぶとは何か。知識量を増やすことなのか。既存のルールに合わせて上手くやれるようになることなのか。
2012年の秋、僕はブータン王国を訪れました。ブータンは中国とインドという大国に挟まれた小さな国です。1970年代に各国がGDP(国内総生産)など向上させようと躍起になっている中で、前国王が「私たちの国はそうではなく、GNH(国民総幸福量)を指標とする」と宣言しました。当時は当然周りの国に相手にされませんでしたが、僕が訪れた時は欧米先進国からこぞって視察に訪れていました。
僕はこの時文化人類学者の辻信一さんとともに旅をし、辻さんの師匠、鶴見俊輔という哲学者のことを教えてもらいました。
鶴見さんは『教育再定義への試み』(岩波現代文庫)でヘレン・ケラーとの対話を述懐します。彼女が「自分は大学でたくさんのことを学んだが、そのあと学びほぐさなければならなかった」と述べたのに対し、鶴見さんは型通りのセーターを編み、それをもとの毛糸に戻してから、自分の体型の必要に合わせて編み直すという情景を呼び覚ましたと書いています。
鶴見さんはunlearnという単語に「学びほぐし」という訳語を与えました。僕はこの言葉が大好きです。学んだことをいったん解体していく、状況に応じて使えるようにしていく。当たり前を疑ったブータン前国王もそうかもしれません。
都農町の僕の周りにも、自分の学びに固執しすぎず、オープンマインドな人がたくさんいることに気づきました。僕もそれに連なりたいと思います。そこにはクリアカットな言葉は必要ないのかもしれません。

小松原 駿(こまつばら しゅん)
1988年東京生まれ。同志社大学経済学部卒。映像作家見習い、蔵人(清酒醸造)などを経て2020年都農町へ。現在ツノスポーツコミッション事業統括責任者。座右の銘は「そのうちなんとかなるだろう」(植木等)
農の都で、無知を知る
都農町の皆さん、こんにちは!今年度からコラムを担当させて頂くことになった、古部祐子です。都農町に移住して5年目。おかげさまで、この町での生活にも随分と慣れ、家族で楽しく暮らしています。
都農町で暮らし始めてから、これまで遠い存在だった「農」や「畑」が一気に身近になりました。仕事で農家さんに取材したり、知人の畑で収穫させてもらったり。その中で、度々心の底からズン!と実感することが、「私は本当に何にも知らないのだな」ということ。古代ギリシアの哲学者・ソクラテスの言葉に「無知の知(無知を知る)」というものがありますが、まさにそれです。
移住当初は、畑を見ても野菜の姿がなければ何の野菜かほぼわからない。畑の脇に咲く見慣れた野花の名前すら、1つ2つ以外は見当もつかない。トウモロコシの太陽に向かって伸びゆく姿、人参の花の繊細な可愛らしさ、白菜の薹(とう)が立つ力強い佇まい…。食は毎日のことなのに、身近な野菜のことを知っているようで知らない。食の資格も持っているのに…と自分に少々落胆しながらも、私は都農暮らしの中で出会うこの「無知の知」が楽しくて仕方がないのです。柿の葉の新芽や紫蘇の実、葱坊主…ここで暮らし始めてからの春夏秋冬、初めて出会う旬の味わいにときめく日々。最近、大根はポタージュにしてもおいしいことを発見!
都農暮らしは私にとって「無知との遭遇」の連続。その先にどんな豊かな世界が開けてくるのか淡く楽しみにしながら、この町で暮らしを重ねています。

古部 祐子(ふるべ ゆうこ)
福岡県出身。大学卒業後、神戸・東京で情報誌の編集・制作に携わる。結婚後はイラストレーターとして活動しながらサッカー選手だった夫の栄養管理に従事。2020年に都農町へ。古いものを溺愛。焼酎はロック派。