つのコラム
梅干し
この時期になれば悩みは一つ!
「今年はカビが生えないかな」梅の塩漬けです。私は塩分15%ぐらいで漬けています。これ以上塩分を削ると梅の酸味が強くなり塩分とのバランスが崩れそう。
勤めるデイサービスでは利用者様たちとの会話も弾む。「昔は塩辛かったがね」「うちは鶯宿(おうしゅく)を植えちょる」「紫蘇揉みが大変でね、私は3回揉むよ」「あんね、氷砂糖を少し入れてごらん。味がまろやかになるよ。うちん人は私の梅干しじゃないと食べんかったよ」と愛情もたっぷり。
昔はどの家庭でも梅干しを手作りしていた。私も実家で梅干しを作る。毎年同じように作るのに、梅の大きさ、梅酢の上がり具合、紫蘇揉みと、どの年も違う梅干しが出来上がる。
更には紫蘇揉みも色が出る手と出らん手があるのをご存知ですか?嘘みたいですが、うちの旦那さんは全く出ない手なんです。あんなに汗かいて力強く揉んでくれたのに染まらない。翌年から旦那の出番はなくなりました。
畑の紫蘇も大きくなってきている。紫蘇揉みは大変だけれどすごく香りがいい。家中に紫蘇の香りが拡がりアロマ効果で頭の中もスッキリ。残りの紫蘇はジュースにしよう。真夏の落花生ちぎりには必需ジュースとなる。紫蘇揉みも終わり、漬け込みを終了すると次の悩みは一つ!「うまく染まるかな」・・・悩みは尽きない。

小辻󠄀 史(こつじ あや)
高鍋生まれ。夫と知り合い都農人となる。そして更に縁あってこのコラムを書くことに。趣味は宝塚歌劇団鑑賞と少しばかりの読書。結婚前は海外旅行によく行っていた。現在町内のデイサービスにて勤務中。
私の専門分野は「交通まちづくり」です。大学での教育研究の傍ら、これまでお隣の日向市駅周辺の再開発、宮崎駅西口広場の再整備、コミュニティバス計画等、宮崎県内のまちづくりに関わってきました。
2021年4月からは縁あって都農町寄附講座で勤務させて頂いており、学生の実習や調査などで町内の皆様に大変お世話になっています。
都農寄附講座の教育研究活動のモットーは、“都農町をキャンパスとして学び、その学びを都農町に活かす”です。昨年度までは実習を通じた“都農町での学び”が中心でしたが、ゼミ学生達も4年生・3年生になり、これまでの“学びを都農町に活かす”ことを実践できればと考えています。
なお、昨年度の3年生のゼミ活動では宮崎県建築士協会、都農町観光協会、地元建設会社等のご協力でサイクルツーリズム振興を意図した観光案内板4基を制作・設置することが出来ました。
地域資源創成学部は教育において実習を重要視しており、今年度の1年生から、都農町で開催されるイベントやまちづくり活動への参加・企画・参画活動を通じて学ぶ授業「PBL I: Project Based Learning I」を開講しました。
この科目は1年を通じて学ぶもので、宮崎大学木花キャンパスでの調査・企画してそれを都農町で実践しますので、町民のみなさまのご協力が必要となります。週報や自治会等を通じてご協力やアドバイス等をお願いすることになると思いますので、その際は何卒、宜しくお願い申し上げます。

出口 近士(でぐち ちかし)
宮崎大学工学部を卒業後、九州大学工学部助手を経て1988年から宮崎大学工学部・准教授、教授。2017年から地域資源創成学部・副学部長。2020年から都農寄附講座・特別教授。宮崎県都市計画審議会会長。
僕が所属するツノスポーツコミッションはよく「スポーツ×まちづくりの団体」と表現されます。でも、「まちづくり」って一体なんなんでしょう?また少し前から「地域活性」とか「地方創生」などの言葉が世間では使われていますが、これもなんだかよくわからない。
僕は最近、まちづくりとは、その町に住む人が「自分事」として関与できる「のりしろ」のことではという気がしています。地方から中央へ労働力が吸い上げられ囲い込まれたことで経済が発展しました。しかしもはや経済成長は望めない以上、各地に分散してそれぞれが地域共同体を作って生活していくことが、より楽しく生き延びていく方法かなと感じています。税収を上げるため、雇用を生むために企業誘致をするのも良いでしょう。しかしその企業が利益最優先である限り、他にもっと「稼げる」場所があれば風のように去っていくでしょう。つまり根付かない。根付くためには、そこに相互扶助的な共同体の存在が不可欠です。
都農町は昔から地区や集落ごとの結束が強いと聞いています。その中で課題解決してきたというのは素晴らしいことと思います。しかし少子高齢化が進み、みな「自分のことで忙しくて」、なかなか難しくなっているのも事実です。であるならば、助け合いのコミュニティを再構築していくことが急務です。そしてそれは誰かが「身銭を切って」作らないと始まらない。平川克美著『共有地をつくる』(ミシマ社)は、著者が七転八倒しながら共有地を作るために闘ってきた実践の書。気づいた人から少しずつやっていくことが「まちづくり」の一歩かなと思います。

小松原 駿(こまつばら しゅん)
1988年東京生まれ。同志社大学経済学部卒。映像作家見習い、蔵人(清酒醸造)などを経て2020年都農町へ。現在ツノスポーツコミッション事業統括責任者。座右の銘は「そのうちなんとかなるだろう」(植木等)
Self-introduction
Hello. This column will be about a myriad of thoughts on different subject matter. Hope you find it interesting. To begin, I am from the Philippines. I was born, raised & educated in Laguna、a region near the Manila capital which was laid back then; however, in recent years, it has become a seat of economic development.
In addition, after graduation from university, I worked on food biochemical research at the University of the Philippines, which lasted for 8 years. Soon after, I studied in Japan and did my research on proteins & genes causing rice allergy. The study of food has always fascinated me; but, eating Philippine, Japanese, and Mediterranean foods makes me even happier.
Till next time. Thanks.
自己紹介
こんにちは。このコラムでは、色んな話題について触れていこうと思います。少しでも興味を持ってくれると嬉しいです。私はフィリピンのラグーナ地域で生まれ育ち、大学に行きました。ラグーナ地域は首都マニラの近くですが、学生時代のラグーナ地域は、のんびりとした雰囲気でした。でも、近年は経済発展の中心地となっています。
さらに、大学卒業後、フィリピン大学で8年間食品生化学の研究に取り組みました。その後すぐに日本に留学し、米アレルギーを引き起こすタンパク質や遺伝子の勉強と研究に取り組みました。この研究以来、私は食品の研究に魅了されていきましたがフィリピン料理、日本料理、地中海料理を食べると、さらに幸せになります。
また今度。

Angelina Alvarez Nakase
(アンジェリーナ アルバレズ ナカセ)
フィリピン出身。名古屋大学院に留学、博士号を獲得。食品化学や分子生体の研究に携わった後2012年に宮崎でFLAA(外国語アクティビティ・アシスタント)に。2018年から都農町のALT。